ふぅ~

母の死から何もしたくなくなった。家事は今まで以上に娘にまかせっきり、レンメンの散歩は山ちゃんにお任せ、ブログの書き込みも面倒臭くて久しぶり、お店でもホカホカカーペットの上でゴロゴロ・・おかげで体重が3キロも増えていた。親が死んで太ってるやつがおるか~~って?って言われるけど食欲だけは健在だから仕方ないかな。

ブラッシングをサボっていたせいで3匹の猫達は毛玉だらけ・・レンゲの耳の横にも大きな毛玉があった。そろそろやる気を出さなければ・・・と思いながらゴロゴロ・・・


お店再開。

今日からお店を開けることにした。又何も無かったようにいつもと同じ生活が始まる。ただ違うのは毎日店の掃除を手伝ってくれてた母がいないこと。昼にドアが開くと母かな??って思ってしまう・・いないって言う実感がない。旅行にでも行ってることにしとこう・・さぁ!麻雀するぞ!!!

葬儀

母の葬儀が31日に終わった。
7年前に逝った父に会えただろうか、まだ死んだことに気が付かず私達の周りにウロウロしているかも。
36歳で両親とも失い、今回喪主を務める弟があまりにも気の毒だった。3人の子供の父親であり、もう世間では立派なおじさんだろうが、やけに背中が小さく見え子供頃私の後ろについて遊んでいた頃と重なる。苦労をかけた分、悔やまれる気持ちは同じのはず。小さい頃は泣いてばかりいた弟 内心へっぽこのくせに毅然としていた。二人しかいない姉弟どんなことがあっても支えてやろうと心に誓う。母からのメッセージでもある。


沢山の人達に見送ってもらった。いつも店でウロウロしていたせいかうちのお客さんたち、家でよく飲んでいた嫁の友人と弟の友人や仕事仲間、庭の花自慢をする近所の人たち、会社関係の人、そして母の友人、みんな惜しんでくれた。ありがとう。たまには思い出してやってね。

突然。

私の母が死んだ。27日の朝に突然倒れ救急車で病院に運ばれたが意識の戻らないまま、翌日28日の夕方 69歳だった。平均寿命までまだまだあるのに!!昨日は元気に弟家族と一緒に住む家に帰っていったのに!!破裂脳動脈瘤によるくも膜下出血だった。病院に着いた時はすでに瞳孔も開いていて手術の出来る状態ではなく検査も出来ず、ただ自分で呼吸が出来なくなった場合に人工呼吸器をつけるかどうかの決断を医者に迫られた。弟と話し合ったが、答えを出すのには時間がかからなかった。延命治療はしない・・・病室で母の手を握りながら神様に祈ることしか手段が無い。私達にも奇跡は起こると信じて・・。先生に何度聞いても意識は戻らない、脳は壊れてしまったと・・ダメ押しのように又言われる・・熱が出てもう下がらない 脳が壊れているから・・と。
翌日このまま小康状態でしばらくはいけると思っていたときに最後が来た。さっきより呼吸が遅い?と思って先生を呼んだ途端、身体に繋がった機械からの緊急の音。呼吸が弱くなっていく・・医者からここで人工呼吸器の着用に切り替えるかもう一度確認された。思わず早く着けてくださいとお願いしてしまった。私一人しか居なかった為もう一度確認された「着けますか??」
あっ駄目だ、みんなで決めたんだ・・延命はしないって・・でも、待って、もう少し、でもしないんだ、でも待って、誰か、答えて、パニックになってしまった・・「決めていた事ですから結構です」と言った瞬間、床に叩きつけられたような衝撃が来た。奇跡は????起きないの??

弟夫妻、孫達と姉妹、身内全員が戻ってきた。手から伝わる脈がみるみる弱くなっていく・・
心の中でつぶやいた。みんな来たよ・・もう頑張らなくていいよ おかあさん お疲れ様。
みんなに見送られて、そのまま静かに息を引き取った。
FC2カウンター
最新記事
カレンダー
01 | 2006/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
月別アーカイブ
最新コメント
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード